ABOUT With love from Hiroko

  • Woman魅力学 創設
  • ヒロコグレース
  • 結婚・夫婦関係研究家/講師/作家
    1968年 愛知県名古屋市出身・東京在住
  • 1991- 2001 NY
    2003 - 2008 LA

Little about Hiroko

“私なんて消えてしまえばいいのに”。
かつての私は、そう思っていました。
両親は、別居、離婚調停を繰り返し、
3人兄弟の長女として、
誰にも甘えられず、頼ることができない子ども時代でした。

高校受験を控えた秋のある日のこと。
学校から帰宅すると、母が姿を消していました。
弟を連れて家を出たのです。
いつ戻るのか、どこに引っ越したのか、
なぜ、弟だけを連れて出て行ったのか、
何も知らされないまま、
厳格で口うるさく、どんなことにも「NO」という
父親との二人暮しが始まりました。
毎日が地獄のようにつらい。
私の生きている意味は何?
どこにも自分の居場所がなかったのを今でも覚えています。

こんな10代を過ごした私は、1日も早く大人になって、
苦しい思いから解放されたいと思っていました。
しかし20代になっても、私はなんの取り柄もなく、何もできないまま。

“私は、なんのために生まれてきたの?
私には何ができるの?
何がしたいの?”
今度はそんな自問自答の日々が始まりました。
無力さに直面し、自分に幻滅した私は、
新しい地で“本当の自分”を見つけたいと、
23歳の冬、この問いを胸に、単身でNYへ飛び立ちました。

たった1人で飛び込んだNYという街は、
想像以上に“自由”を謳歌できる国でした。
ただそれは、私自身が自分の意思を知り、
自分を表現し活かし、
自己責任の下、行動してこそ、可能でことであるとも思い知らされました。
良くも悪くも、“自分”がどうあるか次第の世界だったのです。

“NYのようなきつい場所では、中途半端な自分では太刀打ちできない”。
私の人生は、そこから大きく変化していったのです。

episode1 Hiroko的“キャリア観 Outlook on carrier

関わる全ての人たちの幸せな未来のために、“心の通った経営”をする

1997.8  NewYork

20代、「自分は何もできないのではないか」という無力感に苛まれながらも、今とは違う自分の道を探していました。

NYに留学後、毎日新しい何かを学べる環境に身を置いたことで、それまでの無力感が「自分には何ができるのか」「自分が本当にしたいことはなんなのか」とポジティブな問いに変わり、問いの答えを積極的に探し始めました。

そしてある日、何となく自分が出来ている事柄の中に、“得意”と“好き”が隠されていて、それが強みになることに、ふと気付いたのです。 「人の話を聞いたりすることが得意」
「誰とでもすぐに仲良くなるのが得意」
「人が好き」
この3つのキーワードが私の核になると感じ、そして現在の仕事(恋愛・結婚カウンセリング)の原形へとたどり着きました。

20代後半になった私は、前身の会社であるニューヨーク法人「With You Inc.」を設立。スマートフォンはおろか、一家に一台、パソコンがない時代でしたが、オンラインを軽々と使いこなす人たちが一定層いることに着目し、”Rendezvous”というオンラインでの出会いのサイトを立ち上げました。会員数は5万人を突破し、当時のYahoo!マガジンなどにも全米Top 10 入りサイトとして紹介もされましたが、これからという時に、突然、データクラッシュが起こり、サイトの運営が不可能になってしまったのです。

20代で多額の借金を背負った私は、初めて実感を持って “死”と向き合いました。しかし、生命保険の契約書には[自殺には保険金が降りない]という一行が記されていました。私は、死ぬことさえ許されていないのだと悟ったのです。

そんなどん底の体験を経て私は、「挑戦することすべてが成功することは限らない」「失敗してもいい」「とにかくやってみる」ことの大切さを身をもって知りました。何度も何度もトライ&エラーを繰り返し、「何事も未来につながる貴重な経験なのだ」と腑に落ちたころ、会社は3カ国に8拠点まで伸び、私の仕事は年商6億円を超えるビジネスまでに成長していました。

しかし、私はまだ甘かったようです。IPO(新規公開株式)を目指したものの、急激な成長を目指した会社はバランスを崩し、経営者としての未熟さを叩きつけられ、さらに2008年、日本に帰国すると同時に、力のある経営者に事業を引き継ぎM&Aを試みたのですが、M&A詐欺に遭う事態に陥りました。子供のように大切に、幾度の危機を乗り越えながら全力で頑張り抜いてきた会社が、ただの紙切れの契約書によって無くなり、すべてを失ってしまいました。

私は再び、真っ暗な道を歩むことになりました。一体何が悪かったのだろう?‥‥私は一人、「真の経営とは何か」「自分自身が生きる意味とは何か」を毎日、自問自答し続けました。
そうして出た結論は、とてもシンプルなものでした。

「関わる全ての人たちの幸せな未来に向けて、“心の通った経営”をする」。この言葉が浮かんだ時、もしも私の経験してきた全てが何かの役に立つなら、今からでも出来ることを地道にやろうと。愛を土台にして、丁寧に、焦らずに。私はもう一度、自分の会社を興したのです。

今、私が思うのは、関わるすべての人にとっての心の拠り所になりたいということ。Woman Plusは、安心で安全な安全基地的な存在になりたいと立ち上げたものです。
女性たちが気持ちを打ち明けて、自分をオープンにできるコミュニティです。「愛」という共通言語を学んだ、信頼できる仲間が増え、女性の特有の自己卑下やマウンティングなどの煩わしさとは無縁。楽しく自分を高めあえる素敵な仲間になります!

私は、一人でも多くの女性が愛の土台を構築して、真の幸せを叶えてほしいと心から思っています。全ての女性が、“ただ結婚すればいい”ということではなく、その後も一生ものの「愛」を育むパートナーシップを築いてほしい。そんな想いで、Woman Plusの普及に日々邁進中です!

この歳になってようやく、自分にとって本当に必要なもの、不要なものが見えてきました。次第に、要らないものを握りしめているときの違和感が強くなってきて、自分に嘘がつけなくなり、本当の自分を生きることの大切さを経験から得ています。

episode2 Hiroko的“キャリア観 Outlook on love

自分で夢を叶えなければ満たされない

20代半ばまでは、自分のことが嫌いで、「私はダメだ」と決めつけて、自信を持つことができませんでした。どこにも完璧な人なんていないのに……。だから、自分では叶えたくても叶えられないものを、相手を通して手に入れよう、補おうとしている自分に気づいたのです。

当時付き合う人は、かっこよくて、仕事もできて、自分の夢を叶えている人。そのときの私とは真逆の人でした。その人と付き合うためには、愛される女性にならなければならないし、相手に合わせて生きなければならないと思い込んでいた。それは私にとって、とても負担なことでした。

「大変だけど、それでも手に入るものが大きい」と思っていたからしばらくは頑張っていたけれど、それでは、何も満たされない自分に気がつくことに。 “私が自分でそれを叶えなければ満たされないのだ”と、目覚めたのです。

30代に入ってから、夫となる人に出会いました。今までとは全然違うタイプの人。彼は、私がやっていることに興味を持ってくれ、尊敬し、応援してくれる人だったのです。そんな彼と過ごすうちに、彼が仕事やお金があるから好きなのではなく、“純粋に愛する気持ち”が湧いてきたのです。

もし目の前のこの人がすべてを失っても、このまま好きでいられるか?と考えても、「この人となら、なんでも包み隠さず話ができる。だから、どんなことも乗り越えられる」と強く思いました。それが私の結婚の決め手です。

episode3 Hiroko的“結婚観” Outlook on marriage

パートナーが見せてくれるのは自分の心

大好きな人と結婚。しかし、理想と現実は違いました。
夫は日々朝帰り、週末は趣味のゴルフ。家族時間はゼロ。夫の生活の違いに困惑するばかり。
詳しくは著書『愛され妻の習慣』をご一読くださいね。

何かにつけ不安、不満、懐疑心の感情が煮えたぎる日々が続くなか、ある日、私は“条件つきの信用”で夫と関わっていたことに気がつきました。「結婚したのだから、夫であるあなたが幸せにするのが当然でしょう」と。夫は自分の内面を映し出している鏡なのだと気づき、条件を捨て、無条件の信頼をできるように私自身を訓練したことで、二人の関係が大きく変わりました。

同時に、メルマガで発行しているGrace家の事件簿に出てくる非言語コミュニケーションと言語コミュニケーションのスキルを徹底的に磨きました。それから数年してからの変化はというと‥‥。「ポコ(←私のあだ名)は、僕の趣味だよ。僕が人生で尊敬しているのは、ポコ、イチロー、タイガーウッズだよ」と夫が言うように。世界的トップアスリートのリストの中で堂々1位に輝いています(笑)。私自身の経験から、女性の皆さんに心からお伝えしたいのは、次のこと。

彼に女扱いされないと思うのであれば、あなたが自分を“そう”扱っていないのです。
彼に愛されていないと思うのであれば、あなたが自分を“心から”愛していないのです。

パートナーが見せてくれるのは、自分の心。
パートナーを鏡にして、自分を磨いてみてください。本質的な愛とは何かということを理解でき、いつも愛を循環させ続けられる幸せな恋人関係、夫婦関係を築けるはずです。

目の前にいるたった一人のその人を本気で信頼し、本気で愛せば、二人が望む二人だけのオリジナルな夫婦のスタイルを楽しみながら作り上げていけるのです。彼との19年間は、そんなことを体験してきました。

episode4 Hiroko的“子育て観” Outlook on child care

相手への信頼をおいて、同じ目線で提案してみる

現在、私の子供は高校3年生と1年生。子供が小さい頃は仕事で大忙しでしたが、「自分にとって何が大切か」を常に頭に置いて、仕事によって家庭を犠牲しないよう、家事は代行サービスに頼むなどの工夫をして、可能な限り一緒にいる時間を作っていました。ですから、「今、もっと〜してあげればよかった」という後悔はありません。

完全親バカですが、いくつになっても、子どもへの可愛さが増し続け、同時に、一緒にいるときの楽しさを感じています。ただし、子どもの自我が芽生え、大人の階段を上り始めてからは、親としての目線だけではなく、姉、親友の顔を持ち、相手に接するようにしています。「どんなこともすべてが子供の学びだ」と感じたとき、私自身が、子供が本来兼ね備えている力を信じること。上から指示するのではなく、相手への信頼をおいて、同じ目線で提案してみる。その提案をやってみるのか、やらないかは、本人次第で良いのです。

どちらの道を子供が選択しても、メリットもデメリットもあるので、どちらを選んでも良い。そんなコミュニケーション方法が、子供たちとの距離を近づけ、現在もとってもいい関係を築けています。

メッセージ Message

本質的な自分で生きられるようになった時、本当の幸せは訪れる

私の半生を読んでくださった皆様、いかがだったでしょう。
前述したとおり、若い頃の私は、こんな生き方しか選べないのかと、自分に嫌気がさしていました。

それでも、失敗と挫折を繰り返しながら、20代、30代,40代、前を向いて歩むことは止めませんでした。

今、振り返ると、【「経験」とは、望むことを達成できない時に手に入るものなのだ】と感じています。経験することは何物にも変えがたい宝物です。その「経験」から得た視点、マインド、心のあり方の恩恵は計り知れません。皆さんにも、ためらわず、ぜひいろいろな経験をしてほしいと思っています。

とはいえ、ただ一つ、寂しさを感じていたのは、「人生のさまざまな転換期に、相談できる人がいたらどんなに良かっただろう」ということです。自分自身への挑戦のレベルが高くなると、それを相談できる人がとても少なくなります。高い山に登るほど、同志も先輩も少なくなる。

Woman魅力学を立ち上げて、女性の恋愛や結婚の相談に乗るようになったのは、辛いときに、同志や先輩、先を歩んでいる人が

近くにいたら、悩みを悩みのままで終わらせずに、生殺し状態で日々を過ごさずに済むという思いからです。経験した人だからこそ見える、自分には無いもっと高い視点、マインド(理性と感情)の使いこなし方や心得、知恵を学びたかったという、昔の私の経験が、情熱の源泉です。

一人で悩むことはない。
どんな状況からでも未来は変えられる。

そう伝えたい。

19年間の結婚生活と、1万人以上の恋愛、夫婦関係で悩む人たちを変革へと導いてきた独自メソッドを私と一緒に共有しませんか? 相手を変えるのではなく、自分自身を成長させましょう。驚くほど、不安、罪悪感、疑念、恨みなどの感情的な重荷とは無縁となり、幸せで豊かな人生を送ることができるのです。これは、すべての女性が幸せになるために身につけて欲しいスキルです。

WomanFamily紹介

ウーマン魅力学®で愛の土台を学んだ受講生たちは、日々の仕事だけでなく、社会貢献にも熱心です。そんな仲間たちとさらに学び合い、豊かな幸せを実現しながら、社会貢献の幅を広げるべく活動するコミュニティが、ウーマンfamilyです。

コミュニティメンバーはウーマン魅力学®やLove to know labの中で開催される各種のセミナーやイベントに、講師・サブ講師・企画・運営など様々な形で携わり、みなさまの幸せを応援しています。

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