お問い合わせ

COMMENT

  1. 親も一年生であり、立派に育てるのに一生懸命。未熟なのにどうして完璧な親を求めていたんだろうと反省しました。自分も完璧ではないのに相手(パートナー)にもいつの間にか完璧を求めていました。恥ずかしいです。
    「子供の幸せが親の幸せ」「子供が存在してくれるだけで親は生きる喜び」・・・親はの愛は偉大だなあと思います。本当に私が産まれた瞬間から愛情をたくさん注いでくれていたんだなと思えました。そう思えると、今まで厳しかった両親への思いが感謝になれます。私が大人になっても親はいつまでも子供の幸せを願っていると思えると、自分がとても安心でき、満たされた気持ちになれます。
    愛情表現は人それぞれ違う・・・しっかり受け取れる器になりたいです。
    幸せ以外に何も望まない・・・見返りを求めてしまう自分がまだいます。このポイントを講座でしっかり押さえて実践します!

  2. 事前課題1の気付きとして、
    「愛されている自信の無さや不安を
    彼に埋めてもらえると期待して、
    彼の言動に一喜一憂したり
    自爆してしまっていた」
    と書いたのですが、
    さらに、
    自分の欲しい言動だけを期待し受け取ろうとして、
    その結果、
    一喜一憂して自爆していたことに気付きました。

    相手の愛の発信方法を知ろうとしていたか、
    自分が求めていた愛の形を知ろうとしていたか、
    またそれを相手に伝えていたのか?
    と自分に問いたとき、
    ただ表面上だけで交わしていたから、
    いくつも恋愛が破局したのだなと漸く理解できました。
    今、別れた彼に感謝の気持ちでいっぱいです(^^)

  3. 私は特に不自由なく、ひとりっ子で育ちました。
    そのため、まわりには『大事なひとり娘で蝶よ花よと育てられたでしょう。』とか、『(進学や就職で親元を離れて)お父さんお母さん寂しがっているでしょう。』と言われます。でも、それを言われるたびに、『そんなことない!』と心の中で思っていました。母はいつも私の友達を誉めていて、私は誉められなかったという記憶があります。最近母方の祖母が亡くなったのですが、お葬式の最中もずっと母は祖父母が運営していた”子供の幸せを考える会”のせいで私は寂しかったし不幸だった!と言っていました。母が私ではない他の子を誉めるのは、母自身が自分の母親にされてきたと無意識に思っていたことと同じことを私にしてしまっていたのかなぁと思います。私はまだ独身ですが、ママになることがあれば、この連鎖を止めるためにもしっかりと、私は愛されているという潜在意識に書き換えたいと思います。

    愛は自分の望む形では来ない。私は今ここでつまずいています^^; 彼に愛されているということを前提にお付き合いはできるようになったのですが、なんで愛されてるはずなのにこんなことするんだろう??となっています笑 こうしてもらえると嬉しいな♡と伝えたり、反対に相手は何に愛情を感じるか聞いたりしてもいいのですね!そのあたり、もっと詳しく知りたいです。

  4. 今回の動画を見て色々な発見がありました。
    私は、長女であった為兄弟の中でも1番きつく躾られていたと思います。
    そのことがきっかけで、親に愛されていることは分かりましたがもっと自分を受け入れて欲しい。という気持ちが今でもあります。
    「親も未完成、親は毎年一年生。」という言葉を聞いて私は勝手に親を完璧な人であると錯覚していました。よくよく考えると、私を育てるのが親にとって1年生でありとても不安だったのでは無いかな。と考えられるようになりました。
    「愛は自分が望む形ではこない。自分が求める愛情表現を知り相手に伝える。」
    親以外にも愛情を一杯もらっているのに自分が求めている愛情じゃ無いと跳ね返している自分に気がつきました。
    自身で何が自分が求めている愛情なのかをまず知ることから始めようと思います。

  5. 相手にどうしてもらえたら自分は嬉しいか、言ったほうが良いのですね!言わなくても気付いて欲しいのと、言うことでDemandingな女に思われるのでは?と思っていました。

    愛の形は自分の思う形ではやって来ないのですね。
    彼から「何回も(私のことを)好きって言った」と言われたのですが記憶になく、私が思う形とは違ったのでザル状態で受け取れなかったんだなと分かりました。

  6. 親との関係性を振り返り、愛の循環が滞っていたことかま浮き彫りになって自覚をしました。

    「親も未完成」であるのに、
    私自身が親の愛の発信を受け取れていないこと。
    そして、それはパートナーシップにも投影されること。

    小さい頃から、親の正しい道と言われる通りに歩み、
    ちょっとでも違うことを希望しようものなら怒られていました。
    それが窮屈で仕方なく、子供を自分のいいなりにして、カゴの中に留めておきたいだけだろうと思っていたのですが…

    それも「愛」だったのだな。。。
    とシミジミ思います。
    私を愛してくれているから、
    私が間違えたり失敗したり遠回りすることを、
    出来るだけ避けるように守ってくれていたのだと。

    その親の発信を私の当たり前で受けとめていたのでは、何も進まずこじれるだけ。
    もし、私の当たり前を求めるなら、伝えていかなければならなかったのだと思います。

    そして、それは恋人に対しても…

    ただそこにいてくれることが「愛」であることに感謝しなければいけないなと反省しました。

    相手を知ってコミュニケーションをとることって、すごく興味深いです!

  7. 私の母は体も弱く、精神的にも強くないので、いつもいっぱいっぱいでした。イライラしたり、ヒステリックになったりする母を見ていた私は、自分には子どもは育てられない。イライラして、当たったり、何かしてしまうのではないかとずっと感じていました。母のような母親ではなく、母親になるなら、完璧にやらないとダメなんだと思っていたのかもしれません。
    確かに、私は母の顔色を伺うところはありましたが、母の愛は感じていたのに、それをちゃんと受け取れていなかったのかなと感じました。

  8. 愛を学ぶ事の土台に両親の愛を気づき、しっかり受け取る事が必要だと知りました。
    全て愛からの発信なのに、自分が望んでる形では来ない事に苦しくなっていたんだと初めて知り驚きました。自分が望んでる形だけを受け取ろうとしていたんだと気づく事が出来ました。
    また親には完全を求めていた事にも気づけました。自分自身が未完成にも関わらず、パートナーには完全を求めていた事もあったと思いました。
    沢山の気づきと学びがありました。

  9. 親も未熟、未完成。これが凄く響きました。私は親に対して完璧を求めていたんだと気付きました。

    親も親なりに愛していてくれたのかも?そう思えました。

    2つ目の動画の子供さん達の言葉に涙が止まりませんでした。親として息子にもっとこうしてあげたいといつも反省していますが、この動画を見ていると、子供は親が頑張ってるとちゃんと見てくれているんだなぁと心が温かくなりました。

POST COMMENT

入力エリアすべてが必須項目です。メールアドレスが公開されることはありません。